大阪高等裁判所 昭和26年(う)1065号 判決 1952年4月28日
控訴人 被告人 崔甲俊 弁護人 山下知賀夫
被告人 三田和之 弁護人 中村三之助
検察官 西山[先先]関与
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
理由
被告人崔甲俊の弁護人山下知賀夫並びに被告人三田和之の弁護人中村三之助の各控訴趣意は本件記録に綴つている控訴趣意書記載のとおりであるから引用する。
被告人三田和之の弁護人中村三之助の控訴趣意第一点について。
原審が認定した被告人等の本件犯罪事実(起訴状記載の公訴事実)はその証拠として挙示するものと対照してこれを要約すれば被告人三田和之は省線梅小路駅の仲仕であつて相被告人崔甲俊等と共謀の上日本通運株式会社がその梅小路支店において輸送貨物として保管する原判示第一の(一)(二)及び同第二の物件についてそれぞれ密かに荷札を取換え送先を変更し擅に作成した虚無人名義の送状を附し以て被告人等が荷主名義人となり該物件を自由に処分し得る状態を作為したる上情を知らない前記支店係員をして同駅の貨物発送部に運送方を委託させ発送せしめて同支店長井上角次の該貨物に対する保管関係をその意思に反し離脱させたものであるから、ここに窃盗罪の構成要件である占有権の侵害があるものといわねばならない。それ故、原判決が被告人等の本件所為を窃盗罪に問擬したのは正当であつて、荷物発送後の被告人等の原判示行動の如きは単に犯罪成立直後の情状に関する事項を判示したにすぎないものと解すべきである。従つて原判決には所論のような事実誤認乃至法令の解釈適用の誤がないから、論旨は理由がない。
同第二点及び被告人崔甲俊の弁護人山下知賀夫の控訴趣意について。
しかし、被告人等につきそれぞれ本件犯行の動機、罪質、態様、回数、窃取した物品の種類並びに数量、これを処分して得た金員の分前、その使途その他記録によつて窺われる各般の情状、殊に本件は公共施設である鉄道の貨物輸送に対する一般世人の信頼感を失墜せしめる犯罪であることを考量するときは、原審相被告人との刑の権衡その他所論の事情を参酌しても、なお原審が被告人等に対しいずれも懲役一年六月の実刑に処したのはむしろ相当であつて、これに執行猶予を附しなかつたからとて不当の制裁であるとは認められないから、本論旨はいずれも採用できない。
よつて刑事訴訟法第三九六条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靱雄 判事 入江菊之助)
弁護人中村三之助の控訴趣意
第一、原審判決は事実の誤認があるか或は法律の解釈適用に誤りがあります。
(一)原審判決の認定した事実というのは起訴状記載の公訴事実と同一であるというのであるから原審判決からのみ見るときは原審判決はどのような事実を認めて窃盗としたのか理解に苦しむものである。
(二)本件犯罪は起訴状記載の公訴事実を仔細に分析するならば (1) 第一の(一)(二)の事実は被告人三田和之が混載発送部から正当な発送先え発送しなければならない荷物を小口発送部の係りである相被告人坂岡重夫に渡し、(2) そこで坂岡が相被告人山下こと崔甲俊の偽造した荷札を取り換え発送し、(3) 更に相被告人崔等が取り換えられた荷札名義人の発送人の如く申告書を書いて発送しその偽造の送り状によつて、駅止めにされている駅から受領して領得したものであり、(4) 第二の事実は被告人三田和之が混載発送部において全部で発送する荷物の中の一部の荷札を取り換えたままホームに積んでおいてその取り換えられた荷札の宛名が正当なものとして発送せしめその後は第一の事実と同一の手段方法によつて荷物を受領領得したものである。右の事実は原審判決がその理由中に引用する被告人等供述調書によつて明かである。
(三)窃盗罪が成立するがためにはいうまでもなく他人の占有中にある財物をその占有者の意思に反して自己の占有即ち事実上の支配下に置くことを必要とするが本件犯罪においては被告人等の行為は果してこの窃盗罪に該当するであろうか。(1) 先づ第一に被告人三田和之が混載発送部から荷物を小口発送部である相被告人坂岡重夫の許に渡したことが未だ以て窃取とならないことはいうまでもない。けだしその荷物の事実上の支配権は日通又は日通の事実上の管理権者の手中にあつてそれ以外の何者の手にも移つていないからである。(2) 次に荷物につけてあつた荷札の取り換えがなされたとき窃取があつたということが出来るであらうか、荷札の取り替えによつて前の荷札の名義人の支配権が消滅して新しい荷札の名義人にその荷物に対する支配権が移るからそのとき窃盗が成立するとなす論者があるがこの論も亦誤つている。けだし窃盗罪が侵害する他人の占有は事実上の支配権があるところの所謂直接占有であつて間接占有ではない。成る程新しい荷札の名義人が実在人であるならばその荷物の間接占有は得ることとならうが直接占有であるところの事実上の支配権を得るものでないばかりでなく本件犯罪における新しい荷札の名義人は実在しない架空の人物であるからである(公判廷における坂岡の供述)。(3) 最後に止められてある駅から偽造の送り状によつて荷札を受け取つたとき窃取が完了したと見ることが出来るであらうか。前述したように窃盗は占有者の意思に反して他人の占有中にある財物の占有を自己に移すにあるが本件犯罪において被告人が荷物の占有をなすにいたつたのは欺罔による錯誤に陥つていたにせよ任意に引渡されたのであつて占有者である日通の意思に反してその荷物の占有をしたのではないからこの点においても本件犯罪は窃盗とはならない。
(四)然るに原審判決が唯漫然と起訴状記載の公訴事実と同一のことを認めたとしてこれを窃盗罪を以て処断したことは事実の認定を誤つているのでなければ法律の解釈適用に誤りがあると言わねばならない。
第二、これを詐欺罪とし、刑事訴訟法第三一二条により罰条の変更が命ぜられ有罪の言渡しを受けるとしても又百歩を譲りて本件犯罪が窃盗罪であるとしても原審判決の刑はその量定重きに失する。
(一)、本件犯行は被告人等が昭和二十五年九月中旬相被告人崔甲俊方においてなした共同謀議によるものであることは疑いなく従つて被告人三田も亦正犯としての責任を負わなければならないことは弁解の余地はないでありましよう、しかし本件犯行は先づ相被告人崔や目下所在不明の金らによつて発議されこれに相被告人坂岡重夫が同意し右三者謀議の上被告人三田を誘い出し同人に飲酒せしめて遂に同被告人を本件犯行に加担せしめるにいたつたことは原審判決理由中に引用の被告人等の各供述調書によつて明かであつて本件犯行の指導的立場にあつたのは飽くまでも相被告人である崔や坂岡等であつて被告人三田は寧ろ従属的立場にあつたのに過ぎないのである。
(二)、更にその行つた行為でも混載発送部から小口発送部え持つて行つたとか或は荷札を取り替えたとか謂はゞ詐欺罪としては幇助的な役割を演じただけであつて犯情としても各被告人中尤も軽い。(三)更に被告人三田は年齢の点から云つても僅か二十三才の若年であつて、思慮分別も充分であり日通の仲仕としても大先輩である相被告人坂岡は若し被告人三田のような若年者に不心得のようなことがあつたらこれに注意警告を加えるべきであるのに却つて自らこの若年の世馴れない被告人三田を誘つて本件のような不詳事を起さしめるにいたつたのであるが若し坂岡が被告人三田を誘うことをしなかつたならば被告人三田は本件のような不詳事を惹き起さなかつたことは明かである。
(四)而も被告人は本件発覚前その非を悟り又善良な監護者によつて監護せられているにいたり苟も不正を再びするようなことが絶対にない状態におかれていた。
等の点を綜合して考えるならば犯情は尤も軽く悔悛の情も亦顕著なものであつて断じて実刑を科する必要がないのみならず相被告人坂岡重夫に対し執行猶予の恩典が与えられているのと彼是れ比較して刑の量定重きに失すると思料する、被告人のような青年に実刑を科することから生ずる弊害被告人の将来に及ぼす影響等御賢察賜わつて是非執行猶予の御恩典に浴せしめられ度く偏に懇願する次第であります。
弁護人山下知賀夫の控訴趣意
原審判決は被告人が三田和之外一名と共謀し京都市梅小路駅構内日本通運荷物置場より三回に亘つて荷抜をした事実を認定して実刑を科して居りますが量刑不当の判決であります。
(一)共犯三田和之外一名は被害者日通の荷役人夫であつて構内の事情に明るく被告人は之等の共犯がなかつたならば本件の窃盗を敢行出来なかつたのである。
(二)証人の証言によつて明らかなる如く本件の被害品は被害相当額又はそれ以上保険を附せられてあつて日通も荷主も被害を受けて居らないのである。之等を綜合し被告人が犯行後真面目に京染図案型工として働いていることを此彼考量すれば被告人に実刑を科するのは極めて苛酷であつて須らく刑の執行猶予に附し更生を助長することこそ刑罰の目的に適う所以と思うのであります。